相続放棄と空き家の管理義務

「空き家」の相続

 親の相続が発生した場合、子は相続人として親の実家を相続することになります。最近は実家から離れて暮らしている子も多く、親が他界すると実家は空き家となるケースが増えています。子がすでに自分の家を持っていたり、実家が遠方で今後その実家に住むことがない場合などでは、子は「使い途のない不動産」を相続することになります。

 このような不動産でも、売却が可能であれば、現金化できるので相続するメリットがあります。しかし、敷地的に再建築が難しかったり、あまりに田舎に立地したりしている場合などでは買い手がつきません。空き家の資産価値はゼロです。にもかかわらず、空き家を保有している限り維持管理する必要はあり、固定資産税や建物修繕費等のコストは不動産を手放すまで半永久的に発生します。まさに「負動産」です。

 では、空き家の相続の場面では、相続人にどのような選択肢があるのでしょうか。

選択肢は「相続」or「相続放棄」の二択

 我が国の民法は、相続が発生した場合に、相続するかしないかの自由を相続人に与えています。つまり、ここでの相続人の基本的かつ最終の選択肢は、
 ①相続する
 ②相続しない
の二択となります。
 相続人が相続をしたくない場合、自己のために相続が発生したことを知ったときから3ヵ月以内(熟慮期間)に管轄の家庭裁判所に相続放棄の申述をすることで相続を拒否できます。この場合、子は相続せず、法律に従って次順位の相続人に相続権が移ります※1

 何もせずに熟慮期間を経過すると自動的に①になります。そのため、相続人としては、相続発生後3ヵ月以内に、①相続するか、②相続しないかを決めなければなりません。

 ここまでは、インターネットで多くの情報が提供されていたり一般人向けの書籍が出ていたりするのでご存知の方も多いかと思います。そうすると、「負動産」を相続する場面では、直ちに②の相続放棄の手続をとれば万事解決となりそうです。

 しかし、②の目的である「負動産を相続しないこと」を達成するためには、意外なコストやリスクがあります。相続放棄すれば直ちに相続に関する諸問題から開放されるかのように思われがちですが、そうではありません。これらは、あまりアナウンスされていないように思います。
 特に不動産の場合はこれらの問題が多分に絡んできますので、これらのコストやリスクを踏まえなかったがために、相続放棄したものの「こんなはずじゃなかった」となりかねません。

 あることを選択する場面で正しい選択をするためには、その選択をした場合には今後どうなるかをできる限り予測すること、つまり各選択肢を正しい情報に基づいてシミュレートし、得られる結果を精査することが重要です。そこで、それぞれのケースについて検討してみます。

※1 ただし、相続放棄の申述をする前に空き家を解体したり売却したりしてしまうと単純承認したものとみなされ、以後相続放棄の申述はできなくなる可能性があるので注意が必要です(民法921条)。

相続する場合

  「①相続する」を選択した場合は、空き家は単純に自己の持ち物となり、自己の所有物として売却も賃貸もでき、あるいは建物を解体することもできます。

 売却等ができない空き家であれば、売却を気長(半永久的)に試みつつ保有を継続することになり、その維持管理のための費用や労力がコストとしてかかります。また、空き家の管理に不備が原因で第三者に損害を与えてしまった場合、損害賠償責任を負うリスクがあります。

 このような老朽化した空き家その物の管理コスト・リスクから免れるためには、費用をかけて解体するする必要がありますが、敷地を更地にした場合は固定資産税が上がることがあり、また、地域的に雑草等の駆除等を求められる場合もありますので、これらも継続的なコストとなります。

 これらのコストやリスクは不動産を所有している限り続きます。子が亡くなった場合は孫へ、さらにひ孫へと延々と相続されることになります。空き家を「捨てる」ことは事実上認められていないので、適法に第三者に空き家の所有権が移転するまでコスト負担が続きます。

 国や自治体は原則として管理してくれません。時折、「更地にして自治体に寄贈できないか」と質問されますが、自治体は一般的にそのような贈与を受け付けませんので、それらを頼ることもできません※2

 このように、空き家を相続する場合は、長期的・半永久的に負担となる可能性があります。状況を慎重に検討し、相続した後についても空き家の管理を十分に計画しておく必要があります※3

※2 所有者が自治体となると自治体は固定資産税という収入を失いますし、自治体にとっても更地の管理は負担となりますので、寄贈は原則として受け付けません。もちろん、ダメ元で相談してみるのはありだと思います。

※3 複数の相続人がいる場合、誰も空き家を欲しがらなかった場合は各相続人が法定相続分に従い管理コストを負担することになります。この管理コストはさらに孫・ひ孫と相続されていくので、将来的には何世代も後の相続人たちが会ったこともない遠い親戚と協議しなければならない(当然紛糾するので訴訟に移行)という事態もあり得ます。恐ろしいですね。

相続放棄する場合⑴―次順位の相続人がいる場合

 逆に、「②相続放棄」を選択した場合、相続放棄の申述が受理されると、その相続人ははじめから相続人ではなかったものとみなされ、次順位の相続人(祖父母や親の兄弟等)に相続権が移ります(民法938条・939条)。相続人でないので、空き家の所有権を引き継ぐことはありません※4。しかし、これで直ちに一件落着とはいきません。

 相続放棄した人は、次順位の相続人が相続財産の管理を引き継ぐまで、管理を継続しなければなりません(民法940条)。つまり、相続人には、(ア)次順位の相続人に空き家を引き継ぐ義務と、(イ)それまでの間空き家を管理する義務が発生します。

 次順位の相続人は、子が相続放棄をしたことやその結果自分が相続人になったことを知りません。そのため、相続放棄した相続人は次順位の相続人に速やかにこれを報告し、相続財産を引き継ぐ義務があります。そして、それが完了するまでは、引き続き相続財産を適切に(自己の財産におけるのと同一の注意をもって)管理することが求められます(民法940条)。
 次順位の相続人のために、彼らのものになった「空き家」という財産を預かっているようなイメージです。

 不注意でこの空き家を棄損した場合、それは他人の財産を棄損したことになるので、次順位相続人に対し損害賠償責任を負う可能性があります。
 また、空き家を放置したことが原因で第三者に損害を与えた場合には、空き家の管理者として損害賠償責任を負う可能性があります。つまり、相続放棄したからといって一切関与しないとか放置するということはできません※5

 相続人が空き家の管理責任から開放されるためには、次順位の相続人に引き継ぐ必要があります。ケースとしては、第二順位の相続人である祖父母が生存しているケースは少ないでしょうから、第三順位相続人である両親の兄弟姉妹(おじ・おば)に引き継ぐことになることが多いと思います。これらの人物が既知の間柄であれば連絡を取れば足ります。しかし、疎遠という場合には、まず「誰が兄弟姉妹か」を探索することから始める必要があります※6

※4 相続放棄は一切の相続を放棄するものですので、預金等の他の資産も債務も相続しません。「空き家だけ相続放棄する」ということはできません。

※5 空家等対策の推進に関する特別措置法3条でも、空き家の管理者は空き家の適切な管理に努めるものとすると規定されています。

※6 両親に兄弟姉妹はいないと思っていたところ、戸籍を調査したら実は異父・異母の兄弟姉妹が存在したということもありえます。

 これらの次順位の相続人が、高齢で認知能力を失っていたり、社会的にヤバい人物だったり、海外に居住していたりするとスムーズに連絡を取ること自体が難しくなります。
 また、両親の死亡前に兄弟姉妹が既に死亡しており、従兄弟にあたる人物(兄弟姉妹の子)に代襲相続が発生していたとか、両親の死亡後に兄弟姉妹が死亡していて数次相続が発生していたという事態も十分あり得ます。
 一概に「次順位の相続人に引き継ぐ」といっても、そのための障害となる事象は多々考えられますし、これらを調査するのにも時間と費用がかかります。

 次に、空き家を次順位の相続人に引き継ぐこと自体の問題もあります。価値のない管理責任付きの「負動産」を次順位の相続人に引き継ぐというのは、辛辣な言い方をすれば「ゴミ」を押し付けるようなものです。次順位の相続人としては、「子である君が何とかするのが筋だろう」と怒り心頭でしょう。これを機に親族関係が不可逆的に悪化することも十分あり得ます。そうなると、不動産の引き継ぎどころではありません。

 そうこうして誰もが放置すると、今度はご近所トラブルに発展するかもしれません。その際に、ご近所が法律や相続放棄の制度を理解してくれることは正直期待できません。日本はまだまだ法律より「常識」が根強いので、ご近所からすれば「無責任な奴」と映るでしょう。

 このように、次順位の相続人がいる場合は、次順位の相続人への引継ぎによって不動産を手放せるとしても、相続放棄するのにはかなりの覚悟がいると思います※7※8

※7 次順位の相続人がいるのにあえて相続放棄を選択するケースとしては、①両親の兄弟姉妹とコミュニケーションがとれる場合で、両親の兄弟姉妹の相続財産管理人選任申立てにかかる費用を自分が負担できる場合や、②上記のような懸念を超えるほどの消極財産が存在する場合などが考えられます。

※8 なお、次順位相続人が引継ぎを拒否した場合、どの程度の行動をしていれば管理責任を免れるかについては明確な判例はないようです。この管理責任は一種の事務管理とする説が有力であることからすれば、事務管理の場合の本人へ引継ぎと同様に解するべきだと考えます。つまり、次順位相続人が現実的に管理を始めることができるに足りる情報・物品の提供とその受領があれば、次順位相続人が現実に管理に着手しなくても管理責任は免れえます。ただし、その場合でも子が管理を継続した場合は管理責任も継続する(始めた以上は最後までやる)と解されます。『新版注釈民法(18)』187頁以下参照。

相続放棄する場合⑵ ―次順位の相続人がいない場合

 両親に次順位の相続人(両親の両親や兄弟姉妹)がいない場合でも、相続放棄した人は同様の管理責任を負います。この場合、引き継ぐべき相続人はいないので、空き家の管理責任を免れるためには家庭裁判所に相続財産管理人選任を申し立て、裁判所に選任される相続財産管理人に引き継ぐことになります(民法952条)。

 相続財産管理人は、空き家の売却を試みますが、資産価値ゼロなので買い手はつかないため、空き家を解体して更地にし、最終的には更地を国庫へ帰属させることになります。

 ところが、更地化の費用を裁判所や相続財産管理人が負担してくれるわけではありません。理論上は相続財産から支出することになっていますが、空き家の他に相続財産がないというケースでは、これらの費用(150万〜数百万円)は相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てた自分たちが負担しなければなりません。
 加えて、相続財産管理人の報酬(100万円前後)等も同様に自分たちの負担です。ちなみに、申し立ての際にこれらが準備できなければ裁判所は相続財産管理人選任の申立てを却下しますので、結局管理責任は継続していきます。

 このように、次順位の相続人がいないケースで相続放棄した場合に空き家を手放すためには莫大な費用が必要となります(逆に、費用の問題だけクリアすれば公的な手続のもとに最終的に空き家を手放すことができるので、まだましかもしれません。)。

まとめ

 「負動産」の相続は前門の虎後門の狼です。これらをよく比較して慎重に判断する必要があります。安易に選択すると後々「こんなはずじゃなかった」となりかねません。

 相続にかかる空き家問題は社会問題ですので、今後政策的に解決しやすくなるかもしれません。しかし、自治体の予算も限られている以上、解体費用そのものを国や自治体が負担するような政策は非現実的と思われますので、いずれにしても資産性のない「負動産」を両親が保有している場合は、相続人は覚悟しておく必要があります。

 できれば、生命保険や預貯金等を活用して生前から解体費用や相続財産管理人の費用などの必要経費を遺す方策を両親に検討してもらう、あるいはいずれ相続する自分たちが準備しておくのがベターかと思います。これも相続対策です。

以上