国税の徴収手続と詐害行為(国税vs.銀行)

東京国税局vs.みずほ・三井住友

 先日、次のようなニュースがありました。

 東京国税局は、追徴課税した会社と融資契約していた、みずほ銀行と三井住友銀行が課税処分当日に「根抵当権」を登記して債権の保全を図り、本来徴収可能な税額が減少したため、登記の抹消を求めて、2行を訴えた。
 みずほ銀行と三井住友銀行は、2016年3月、東京・秋葉原の免税店運営会社「宝田無線電機」に、最大であわせておよそ50億円を融資する契約をした。2017年6月、東京国税局は、宝田無線が不正な消費税の還付申告をしたとして、重加算税を含む、およそ104億円を追徴課税した。
 しかし、この課税処分当日に、2行が宝田無線の本社ビルなどに、返済ができない場合に強制的に売却できる「根抵当権」を登記したため、国税局が本社ビルを差し押さえた際には、抵当権を先に登記した銀行側が優先され、徴収を見込んでいた税額が7億円以上減少したと判断し、登記の抹消を求めて、2行を提訴した。
(2020年6月22日Yahooニュース・FNNプライムオンラインより引用)

 異例の国税局vs銀行の「債権回収」争いのようです。
 これを機に、あまり知る機会がないであろう税金の取り立て、つまり「徴収」について簡単に解説します。

 

租税債権の取り立て(徴収)

 徴収手続の流れを大まかに並べると、以下のとおりです(手続は国税徴収法が規律しています)。

 ①納税義務の成立+納税額の確定
 ②督促
 ③財産調査
 ④差押え
 ⑤換価
 配当
 ⑦租税債権の消滅(完結)

 上記のうち④〜⑥の部分を総称して「滞納処分」といいます。
 手続の外観は民事の強制執行のような感じですが、非常に特徴的な手続です。
 租税債権の徴収は、徴収職員が執行機関となり回収していく点で「自力執行」であり、執行裁判所が執行機関となる私債権の強制執行と大きく異なっています(一般の債権者は裁判所のお墨付きがないとダメです。これを「自力救済の禁止」といいます。)。

 

租税債権優先の原則

 ここで、租税債権と私債権(一般の債権)の優劣について確認しておきます。当然、国に納税義務を負う者が、その他一般債権者に対しても債務を負っているという状況もあるわけですが、両者の優劣についてはどうなっているのでしょうか。
 まず、租税債権は、すべての公課その他の債権に優先するという大原則があります(国税徴収法8条。なお、地方税については地方税法14条。)。
 つまり、基本的に租税債権が勝つことになっています。

 

抵当権付き債権との優劣

 では、常に租税債権が優先されるのでしょうか。いえ、原則には例外があり、私債権が租税債権に優先するケースも存在します。

 例えば、質権及び抵当権付きの私債権は、国税の「法定納期限」(※ここでは「国税を納付しなければならない日」と理解しておけば大丈夫です。)と質権または抵当権の設定時期の、どちらが先かで優劣が決まるとされています(国税徴収法15条、16条)。
 いわば、原則として「法定納期限」を基準に優劣を決めましょうということです。抵当権でいうと、法定納期限以前に抵当権設定登記がなされていれば、抵当権者が優先することになります。いくら租税債権優先が原則といっても、さすがにこのような場合には抵当権を優先させないといけないでしょう、という価値判断からこのようなルールとなっていると思われます。

 さらに、法定納期限を基準に判断するという上記の原則にも、例外があります。
 その一つが、法定納期限において国税の額が分からないという場合です。例で説明します。

 *
    例えば、
 ・Xは、令和1年分の所得税につき、令和2年3月15日に税額100と申告したが、これを滞納していた。
 ・その後、X所有の土地に抵当権をつけて、Xにお金を貸そうと考えるYが現れた。
 ・Yは、Xに申告所得税額100の滞納分があり、これは国が優先することを知っているが、それ以外の税金の滞納は無いと考えて抵当権を設定し、貸付をした。
 ・しかし、その抵当権設定登記後になって、税務署長が、Xの所得税額は150が正しいとしてXに対して増額の更正処分をした。
    *

 この例では、Xの所得税の法定納期限は令和2年3月15日なので、原則どおりいくと、法定納期限より後に発生したYの抵当権付債権は劣後(租税債権に負ける)してしまいます。
 しかし、これは妥当ではありません。このような場合、更正処分で増額された50については,更正処分の日と抵当権設定日を基準に優劣を決することになっています。
 すなわち、国税徴収法は、法定納期限後にその納付すべき額が確定した国税については、「その更正通知書若しくは決定通知書又は納税告知書を発した日」を「法定納期限等」とすることとし、この日以前に抵当権を設定しているときは、換価代金については抵当権が優先するとしています(同法15条、16条)。

 さて、冒頭のニュースの事案ではどうでしょうか。
 東京国税局による更正処分の日と、抵当権設定登記の日が、なんと「同じ日」だったようです。

 では、「同じ日」ならどうなるのか?
 結論からいうと、銀行の抵当権付き債権が優先することになります。なぜなら、上述のように“法定納期限等以前に抵当権を設定しているときは、抵当権付き債権が優先する”がルールであり、この「以前」というのは法定納期限等と同日の場合も含むからです(「よりも前に」となっていないところがミソです)。同じ日だったら「以前」に含まれるので抵当権付き債権が優先するのです。

 ここまで見ると、銀行に軍配が上がりそうです。が、実はそうとも言い切れないのです。

 

詐害行為取消権

 冒頭のニュースで、東京国税局側が主張しているとされているのが「詐害行為取消権」です。一言でいうと、債務者の責任財産を保全する制度です。

 例えば、債権者Aが債務者Bに対して1000万円請求できる権利を有しているとします。債務者Bは唯一500万円の価値がある絵画を所有していたが、これを第三者Cに贈与してしまった。
 自分の所有物を誰に贈与しようと自由なはずですが、これでは債権者Aの利益が害されてしまいます。
 そこで、一定の要件のもと、BC間の贈与を取り消し、Cから絵画を取り戻すことができるのが詐害行為取消権という制度です。
 (なお、詐害行為取消権は今年4月から施行された新民法で内容が変更されていますが、冒頭のニュースは改正前民法が適用される事案と思われますので、改正前民法を前提に説明をします。)

 本件では、東京国税局が、根抵当権の設定という担保の供与が「詐害行為」だと主張して争っているようです。このような担保を設定するだけであっても、詐害行為の対象となり得るというのが判例です。
 もっとも、常に詐害行為として取り消せるというわけではありません。詐害行為取消権が認められる要件があり、これらをすべて満たさないと取消しは認められません。

 【詐害行為取消権の要件】
  ①被保全債権が債務者の詐害行為前に成立していること
  ②債務者の無資力
  ③財産権を目的とする法律行為であること
  ④債務者及び受益者が詐害の事実について悪意であること

 本件で特に問題になりそうなのが、受益者、つまり抵当権者(=銀行)が「債権者を害すべき事実を知っていたこと」が必要です(上記④)。
 具体的には、当該抵当権の設定の結果、債務者(=宝田無線電機)が債権者(=国)に弁済(=納税)することができなくなることを知っていたこと、という要件を満たすことが必要です。
銀行がそのような事実を知らなかったということであれば、銀行が勝ちます(=抵当権設定登記の抹消登記手続せよ、という国税局の主張は認められない)。
 果たして結論はどうなるでしょうか?

 

最後に

 あまり聞いたことがない紛争で、勝敗のゆくえが気になります。報道から分かる範囲の情報では、

 ①みずほ銀行・三井住友銀行の両行ともに同じ日に根抵当権を設定していた。
 ②その抵当権設定登記の日は国税局による更正処分の日と同じ日であった。
 ③本件訴訟の提起がその更正処分から3年以上経過している。

という事実があるようです。

 処分があるという情報を察知して急いで登記を入れたということなのか?
 銀行が宝田無線電機の資力について知らないことがあるのだろうか?
 もし知っていたなら、なぜあえて詐害行為取消しの対象となり得る行動に出たのか?
 …色々と邪推してしまいます。

 

以上