貸地の建物収去費用と必要経費(令和元年9月20日裁決)

事案の概要※1

 不動産貸付業を営むXは、Lとの間で自身の所有地(以下「本件土地」という。)を貸す賃貸借契約を締結していた(以下「本件土地賃貸借契約」という。)。Lは、本件土地上に自己所有建物を建築し、これを第三者に賃貸していた。
 ところが、平成24年にLは死亡し、その後本件土地の賃料を滞納していたが、Lの法定相続人は相続放棄をした。そこで、Xは相続財産管理人(*)の選任の申立てを行い、相続財産管理人Yに対し、賃料の不払いを理由に本件土地賃貸借契約を解除した上、本件土地を更地に戻してXに返還するように求める訴訟を提起した。
 この訴訟は概ねXの請求どおりの内容で和解することになったが、Lの相続財産はほとんどなく(債務超過の状態)、建物を収去する費用が捻出できなかった。Xは、和解調書に基づき建物収去の強制執行を申し立て、強制執行の手続によりX自らの費用で建物を収去し、更地になった本件土地を再び他の人に賃貸した。
 Xは、この建物収去に要した費用を不動産貸付業の必要経費に算入して税務申告をしたが、税務調査の結果、税務署長は、建物収去費用は「家事上の経費」であるとして必要経費算入を認めず、更正処分を行った。

*「相続財産管理人」とは、被相続人の債権者等に対して債務を支払うなどして清算を行い、清算後に残った財産を国庫に帰属させる職務を行う者です。相続人の存在、不存在が明らかでないとき(相続人全員が相続放棄をして相続する者がいなくなった場合も含む)には、利害関係人また検察官の申立てにより、家庭裁判所が相続財産の管理人を選任します(詳細は後述)。

 

国税不服審判所の判断の概要

(1)収去時まで不動産貸付業は継続していたか

不動産の貸付業務は、基本的には、当該不動産を貸し付けてからその返還を受けるまでが一連の業務というべきところ、以上の経緯等からすれば、……請求人らの本件土地の貸付けに係る業務、すなわち、不動産所得を生ずべき業務は、本件土地賃貸借契約の解除後本件各建物の収去に至るまで継続していたものと認められる。」

(2)収去費用が必要経費に算入されるか

【結論】
必要経費に算入できる。

【理由の要旨】
・「本件各建物の収去義務を負う本件相続財産法人が、当該収去義務を自ら履行しなかったため、請求人らは、自ら本件土地上に存する本件各建物を収去しなければ、本件土地を新たに貸し付け、本件土地から収益を得ることができない状況」にあった。
・「請求人が本件各建物の収去費を支出した時点において、(本件相続財産法人が)その収去費用を支弁することが不可能であり、かつ、その後に資力を有する見込みもなかったものと認められ」る。
・加えて、請求人は自ら建物収去の実現を目的に相続財産管理人選任の申立てを行い、自らが収去費用を負担することを想定しており、実際に相続財産管理人に請求しても「およそ回収が見込めない状況にあったのであり、客観的にみても、本件各建物収去費は、請求人らにおいて、自ら負担するほかなかったものと認められる。そうすると、本件各建物収去費は、客観的にみて、請求人らの不動産所得を生ずべき業務と直接関係し、かつ、業務の遂行上必要なものであったといえる」。

 

本件の前提知識

 本裁決の判断内容を解説する前に、本件の事案の経過について補足説明をします。

 

基礎となる法律関係

 本件で問題となっている事業は「不動産貸付業」です。これは法的には賃貸借契約に基づく事業です。貸主Xは借主Lに対して本件土地を貸しており、借主Lは「本件土地に自分で建物を建築して第三者に貸す」という使用収益を行っています。この使用収益の対価として、LはXに賃料を支払っており、これがXの不動産所得となります。

 

②継続的契約の終了

 賃貸借契約が終了した場合、当然、貸主は目的物を返してもらう権利を有しますが、意外と見落としがちなのは、「賃貸借契約が終了したのか?」という点です。
 本件で借主Lは亡くなっていますが、原則として賃貸借契約は借主の死亡によっては終了せず、Lの相続人が借主の地位(賃借権)を相続することになります。つまり、借主が死亡し、その後賃料不払いとなった場合でも、貸主が何もしないと賃貸借契約自体は続いていくということになります(※2)。
 本件では、賃料不払いという賃借人の債務不履行を理由にXが解除通知をしており、これを終了原因として本件賃貸借契約は終了します。

 

③賃貸借契約終了後の借主の義務

(1)建物収去土地明渡義務

 土地の賃貸借契約が終了した場合、借主は土地を返さなければなりません。ここで重要なことは、借主側は原則として「土地を原状に戻して」返還する契約上の義務を負っているということです(民法622条、599条1項)。これを「原状回復義務」といいます。建物賃貸借ではお馴染みだと思いますが、土地の賃貸借であっても原状回復は必要です。

 借主が任意に原状回復義務を履行しない場合、貸主は土地の返還と同時に「土地を原状回復せよ」という作為を求めることができます。土地の賃貸借契約の原状回復とは、更地に戻すこと、つまり借主自身の費用で建物を収去することを意味します。

 本件では、Xが賃貸借契約を解除して契約を終了させたのに、L(の相続財産法人)が建物を収去しておらず、土地の原状回復がなされていません。その一方で、本件建物はあくまでもLの所有物だったので、Xが勝手に建物を売却したり取り壊したりすることはできません。
 Xとしては、訴訟を提起して、裁判所による「強制執行」という形でしか建物収去・土地返還を実現できないという状況にあります。

(2)賃料相当額の損害賠償義務

 当然ながら、土地の原状回復が実現しない限り、貸主はその土地を自由に使うことができませんので、貸主には自分が土地を使えなかったという損害(金額としては賃料相当額)が継続的に発生することになります。
 本件でも、Xは未払賃料のほか、(1)建物収去土地明渡し、(2)明渡し完了までの賃料相当損害金の賠償を求めています。

 

④権利の実現=強制執行

 裁判の結果、借主が原状回復義務を履行してくれれば問題はありませんが、相手が任意に履行しない場合は、貸主は裁判所に「強制執行」を申し立てることになります。
(勝訴したからといって自力で収去することは認められていません(自力救済の禁止)。)

 借主が賃料支払義務や損害賠償義務を負うのは当然ですが、建物の収去も借主の費用で行う義務なので、これら建物収去費用を含む強制執行の費用は、最終的には借主の負担とさせることができます(※3)。
 ただし、貸主が費用を前払いで裁判所に納め、事後的に借主から回収するというのが強制執行手続のルールです。
 借主に十分なお金があるのなら、はじめから任意に建物収去をしているでしょうから、強制執行にまでいたる案件では借主が無資力であることが多く、現実的には貸主が負担したまま終わることが少なくありません。本件でも借主が無資力だったために、貸主Xが建物収去費用を支出し、最終的にも借主側から回収できずに終わっています。

 そして、まさにこの貸主が支出した建物収去費用が本件裁決の争点となっています。

 

⑤原状回復請求の相手方(相続放棄・相続財産法人)

 先ほど、賃貸借契約を解除等で終了させる必要があると述べました。賃借人が死亡した場合、賃借人の地位は相続人が相続しますので、普通は解除通知の相手方は当該相続人ということになります(※4)。
 しかし、本件では、相続人が全員相続放棄をしました(※5)。相続放棄がされると、相続における権利義務の承継においては、その人ははじめから相続人でなかったものとして扱われます(民法939条)。つまり、本件では誰もLの賃借権や本件建物を相続しません。

 もっとも、だからといって建物の所有者でないXが建物を勝手に収去していいということにはなりません(先述・自力救済の禁止)。
 このような場合を「相続人の不存在」といい、本件建物を含む相続財産は法人となり(相続財産法人。民法951条)、相続財産法人の権限者である「相続財産管理人」(通常は利害関係のない弁護士)を選任してもらうよう家庭裁判所に請求をすることができます(同952条2項)。そして、Xは、相続財産管理人に対して、本件賃貸借契約の解除通知及び建物収去土地明渡等を請求していくことになります。裁判や強制執行の相手方も、相続財産法人(相続財産管理人)です。

 余談ですが、相続財産管理人の選任を家庭裁判所に請求することは、利害関係人であれば可能です。しかし、請求するためには相続財産管理人の報酬等の手続費用を予納しなければなりません。この予納金は、相続財産が余っていればそこから手元に返ってきますが、相続財産がないケースでは結局請求者の自己負担となります。予納金額は管轄裁判所や想定される作業内容によって異なりますが、最低でも50〜100万円程度(!)は必要になることが多いです。

 本件でも、Xは100万円近く予納しているようです。建物収去費用のみならず、裁判費用、強制執行費用、弁護士費用で総額いくらになったのか……。しかし、コストをかけてでも相続財産管理人の選任をしなければ先に進めませんので、やむを得ないと割り切るしかありません。最近は、被相続人に資産がない場合は、相続人は割と気軽に相続放棄します。不動産賃貸業は、借主死亡を想定したリスクコストを念頭に置いて収支計画を立てる必要がありますね。

 

裁決内容の解説(必要経費の該当性)

 前置きが長くなりましたが、裁決の解説に移りたいと思います。

 本件の争点は、本件事情のもとに強制執行で支出した建物収去費用が、不動産所得の計算上必要経費(所得税法37条1項後段の「所得を生ずべき業務について生じた費用」。いわゆる一般対応の費用・期間対応の費用)に算入されるかです。

 ちなみに、本件では、必要経費に算入できるのか、それとも「家事上の経費」(所得税法45条1項1号前段)なのかが争われており、「家事に関連する経費で政令で定めるもの(家事関連費)」(同後段、所得税法施行令96条)該当性は争われていません(したがって、判断としてはAll or Nothingであり、支出の内事業の遂行上必要だった「部分」というものは観念されません。)。つまり、家事費に該当せず必要経費に算入されるものとはどういうものかが問われています。

 

①必要経費とは

 審判所は、必要経費に算入すべき一般対応の費用について、「客観的にみて、当該支出が不動産所得を生ずべき業務と直接関係し、かつ、業務の遂行上必要であることを要すると解するのが相当である」とし、①直接関連性と②必要性を要件としています。このような見解は、税務署が従来から採用しているものと言われています(※6)。

 しかし、必要経費に算入すべき一般対応の費用については、弁護士懇親会費事件(東京高裁平成24年9月19日判決)において、必要経費として控除されるためには「事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であること」を要するが、「ある支出が業務の遂行上必要なものであれば、その業務と関連するもので……それにもかかわらず、これに加えて、事業の業務と直接関係を持つことを求めると解釈する根拠は見当たら」ないとして、①に直接性は不要で、業務の遂行上必要であれば足りると判示しています。

<原処分庁>

業務について生じた=(直接業務関連性)+(必要性)

<東京高裁平成24年9月19日判決>

業務について生じた=(必要性)≒業務関連性

 いずれの解釈をとるとしても、必要経費の該当性は多分に事実の評価によるので、事案における結論に大きな差はないと思いますが、東京高裁判決が規範を明示している以上、個人的には必要経費の解釈として①で直接性を持ち出すべきではないと思っています(※7)。

 

②原処分庁の主張枠組

 原処分庁(税務署長)は、本件建物収去費用を必要経費とは認めませんでしたが、その理由は「家事上の経費に該当する」というものです。本件においては「家事上の経費に該当する」は「必要経費に該当しない」を裏から言い換えたものと考えられます。

 更に、原処分庁は「必要経費に該当しない」ことの理由として、

 

【1】本件賃貸借契約が終了してから新たに貸すまでは、本件土地を貸し付けていないし賃料収入も発生していないのだから、不動産所得を生ずべき事業の用に供された資産ではない。

【2】しかも、収去建物も本件土地賃貸事業の収益源でもなく、建物収去費用は賃借人が負担すべき性質のものであるからXの事業とは関係がない。

 

という点を挙げています。要するに「【1】事業とは無関係の資産についての、【2】事業とは無関係の支出である」ということだと解されます(※8)。それが果たして正しいのか、以下検討します。

 

土地は事業の用に供されていない?

 原処分庁の主張【1】は、かなり微妙です。賃貸借契約について、「契約が終了し賃料収入が入らなければ事業資産性を失う」と言うに等しいものです。

 賃貸借契約は、前述のように契約終了後に原状回復して目的物を返還することが契約の本質的要素になっています。つまり、契約終了後も、契約に基づいて当事者は権利義務を負っています。そして、契約の目的物たる土地はその法的義務の直接の対象であり、かつ、不動産所得の根源です。
 そうすると、契約に基づく事業のオペレーションとして、原状回復及び目的物の返還までが含まれていると言うべきでしょう。契約終了・賃料終了によって直ちに事業資産性を失うというのは暴論です(※9)。「帰るまでが遠足」、原状回復・目的物の返還までが不動産事業です。

 裁決も、「不動産の返還を受けるまでが不動産の貸付業務の一連の業務というべき」であり、「賃料債権は本件土地賃貸借契約の終了以降は発生しないものの、本件相続財産法人が本件土地の占有権原を失うことに伴い、請求人らは、本件相続財産法人に対して賃料相当損害金として損害賠償請求権を取得することになるところ、同請求権は賃料債権が転化したものと評価でき、所得税法施行令第94条(事業所得の収入金額とされる保険金等)第1項第2号において不動産所得に係る収入金額に代わる性質を有するものはその収入金額とされる旨規定されていることに鑑みれば、本件土地賃貸借契約の終了をもって請求人らの本件土地の貸付けという不動産所得を生ずべき業務が終了したとはいえず、本件土地は、本件土地賃貸借契約終了後も請求人らの事業の用に供されていたものというべきである」と判示しています(※10)。妥当です。

 

④原処分庁の意図は?

 ところで、なぜ原処分庁は上記のような主張を展開したのでしょうか。

 これと関連するか分かりませんが、不動産所得に関する必要経費該当性が問題となった昭和49年7月12日裁決(裁決事例集 No.8 – 12頁)というのがあります。同裁決では、【不動産所得の基因となる土地を取得するために借り入れた利子のうち、当該土地がいまだ業務の用に供されていない期間に対応する支払利子については、当該期間における請求人の不動産所得の収入金額が皆無であるので必要経費の額に算入する余地はない】と判示されています。

 もしかすると、原処分庁は、この裁決に依拠したのかもしれません(違ったらごめんなさい)。つまり、賃貸借契約が存在せず賃料も発生しない期間は、業務(事業)を行っているとはいえない、よって、その期間の土地は事業の用に供されているとはいえない。その土地に関する支出はもはや事業遂行とは無関係の支出である、というロジックです。一見、理にかなっているようにも思えます。

 しかし、上記昭和49年裁決は、利子という期間に対応する性質を有する支出について判断されたものであり、本件のような賃貸借契約の効力としての原状回復義務の場面の支出とは性質が異なります。原状回復としての建物収去義務は、あくまで不動産所得の発生根拠である賃貸借契約に基づいて発生するものです。しかも、原状回復は賃貸借契約の終了後に初めて発生するものですが、当然、契約が終了している以上、原状回復請求権が発生したときには賃料請求権の発生は終了しており、原状回復義務と賃料収入の収受期間を同じ土俵で論じることは無理があります。

 したがって、本件について昭和49年裁決に依拠することは、論証として誤りです(※11)。原処分庁の頭の中は不明ですが、一応付言しておきます。

 

⑤負担者と事業遂行上の必要性の関係

 原処分庁の二つ目の論拠、すなわち、原状回復費用はLが本来負担するからXの事業の遂行に必要はないという点です。

 これまで述べたように、原状回復は賃借人であるLの義務であり、そのための費用は法律上も契約上もL(相続財産法人)の負担です。強制執行になっても、そしてLが無資力であっても、理論上の負担者は変わりません。そういう意味では、原処分庁の主張のうち、「XがLに代わって立て替えて支払ったに過ぎない」という部分は正しいことになります(※12)。

 しかし、必要経費算入の要件は、あくまで「業務の遂行上必要であること」です(前述・弁護士懇親会費事件判決)。もちろん、法的義務のない完全な第三者弁済では支出の必要性を否定される場合が多いと思いますので、法律上の負担者は一つのメルクマールとなります。
 一方で、法律上の負担者でなくても、自身の事業の遂行上必要な支出となる場合はあり得るのであり、しかも、本件でXは建物収去業者と直接契約を締結しているので、業者との関係では法律上負担する立場にあります(※13) 。

 つまり、必要経費該当性は、あくまでも「業務の遂行上必要であるか否か」を基準に判断されるものであり、法律上誰が負担するかはそれを判断する要素の一つに過ぎず、その他の事情からなお業務の遂行に必要であったと評価できれば必要経費性は認められます。

 本件のような不動産賃貸業では、目的物を原状回復しないと次に貸せない、つまり不動産所得を得られないのは自明ですから、法律上は賃借人の負担だとしても、貸主が諸般の事情から、事業を遂行するためにやむを得ず支弁することは十分あり得る話です。

 本件でも、L(相続財産法人)は無資力であることが相続財産管理人の収支報告等で客観的に明らかで、Xは当初から不動産貸付業のために自身が負担することを意図して自ら見積を取り、強制執行手続の一環として支出しています。このような事実のもとでは、Xの支出が「不動産貸付業に必要ではなかった」ということはできないでしょう。

 裁決でも、「自らが本件土地上に存する本件各建物を収去しなければ、本件土地を新たに貸し付け、本件土地から収益を得ることができない状況にあったもの」とした上で、本件各事情から「客観的にみても、本件各建物収去費は、請求人らにおいて、自ら負担するほかなかったものと認められ」、建物収去費用についてLへの「求償を予定しておらず、また、求償しても回収することも客観的に不可能であったと認められることなど……からすれば、他に法的に費用負担すべき者がいるからといって直ちに業務関連性及び必要性を否定することにはならない」として、「(業務と直接関係し、かつ、)業務の遂行上必要なものであった」と判示しています。妥当でしょう。

 繰り返しますが、「帰るまでが遠足」、原状回復・目的物の返還までが不動産事業です。

 

必要経費と無資力の論理的関係(無資力であることは必要経費性に必要か?)

 ところで、建物収去費用の法律上の負担者はLで、XはLに自身の支払った収去費用を請求できますが、その法的根拠は債務不履行、不法行為、不当利得、事務管理等いろいろと考えられます。
 Xは賃貸借契約上の貸主なので、シンプルかつオーソドックスに考えると、法的には「賃貸借契約に基づく原状回復及び目的物返還債務の不履行による損害賠償請求」を選択することになります(※14)。

 そうすると、Xは建物収去費用についての必要経費・損失が計上される一方で、同時に損害賠償請求権を計上する(同時両建)と考えることもできそうです。その上で、Lの無資力を理由に損害賠償請求権を貸倒損失として処理することになります。

 損害賠償請求権の益金計上時期について判示した日本美装事件判決(東京高裁平成21年2月18日)からすると、そのように処理するほうが裁判所の考え方に沿うように思えます。ただし、本件では、当初からLが無資力であることが家庭裁判所という公的な場であきらかだった事案であり、損失処理までが同時に行われるでしょうから、最終的な所得の額に影響はなく、結論は変わらないでしょう(※15)。

 本件裁決では、事業の遂行上必要であったことの評価根拠事実として「Lが無資力であること」に数多く言及されています。
 しかし、Lが無資力でなくても、土地を利用して不動産貸付業を営む以上、目的物の原状回復は不可避であり、Lがこれを履行しない場合にXが費用を支出した場合には、事業の遂行に必要な支出なのではないでしょうか(Lの無資力が判明しない場合は、Lに対する損害賠償請求権が同時両建になるに過ぎない。)。

 つまり、Lが無資力であることは、必要経費該当性において重要視されるべき事実ではないということです。「(本来はLが支出するべきだが)今回はやむを得ずX自身が支出する必要があった」ものであれば事業の遂行上必要といえると思えますので。ここで重要視されるべき事実は「原状回復を請求したのにLが任意に履行しなかったこと」と、つまりLの債務不履行の事実が客観的に明らかであることで足りる気がします。
 その上で、無資力が明らかになるまで同時両建で損害賠償請求権が計上されることになりますが、それがあるからといって必要経費該当性が否定されるものではないでしょう(そもそも必要経費に該当することが同時両建の前提でもあります。)。あくまで私見です。

 本件では、上記のように同時両建+貸倒損失処理した場合と結論は異ならないため、同時両建+貸倒損失処理した場合と同様に処理していいのかという思考が影響し、争点である必要経費該当性の判断でやたらと無資力に言及されてしまった、と考えるのは邪推でしょうか。

 

 終わりに(事実経過の重要性)

 本件裁決は、建物収去費用について必要経費にあたると判断しました。その結論及び理由は概ね妥当といえます。逆に、原処分庁のロジックは相当に無理があるように思えます。こんなレベルのロジックで課税されたらたまったものではありません。租税の公平性は重要な視点ですが、結論ありき、木を見て森を見ず感が否めません。

 ところで、本裁決は、「賃貸借契約に基づく原状回復について貸主が負担した費用は必要経費である」と直ちに述べたものではなく、本件のような事実経過を踏まえると必要経費に算入できるとしたもので、あくまで事例判断です(※16)。
 そういう意味では、個々の事案において事実を適切に選別・評価することの重要性を示した参考にすべき事例といえます。もし、本件の事実が少し異なっていたら結論はどうなっていたか……考えてみるのも面白いかもしれません(※17)。

 

※1 https://www.kfs.go.jp/service/JP/116/03/index.html

※2 継続的契約の終了には解除や合意など特定の原因が必要です。何の終了原因もなければ契約は継続します。弁護士実務上、貸主又は借主が「契約は終了した」と勝手に思い込んでいる案件が結構あり、トラブルになることが多々見受けられます。必ず明確に終了原因を実行しましょう。

※3 裁判所に収める予納金等をいいます。ただし、自分の弁護士費用は含まれません。

※4 相続人が複数いる場合は、原則として相続人全員に対して解除通知を発する必要があります(民法544条1項、大判大正11年11月24日)。解除の効力で争われないためにも、誰に対して解除通知を出す必要があるのかは確実に押さえて実践する必要があります。

※5 相続放棄は、相続があったことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所に申述しなければなりません(民法938条、915条)。家庭裁判所の手続をせずに、相続人が単に「自分は相続を放棄している」と思い込んでいるケースが稀にあります。相続放棄申述の有無は家庭裁判所に照会できますので、必ず確認しましょう。

※6 弁護士懇親会費事件の原判決(東京地裁平成23年8月9日判決)も採用していますが、本文で記載した控訴審判決で破棄されています。

なお、同事件では、必要経費の解釈の根拠まで述べられています(原審も控訴審もこの理由部分は同じ)。

※7 本件においては、審査請求人が「業務と直接関連性を有し、業務の遂行に必要な支出」と主張しているようで、審判所は主張された規範に則っただけかもしれません。

※8 裁決書からは原処分庁の正確な主張趣旨は分かりません。あくまで筆者の善解したところです。

※9 なお、原処分庁の理屈は、「所得を生む直接の用が済めば以後は事業と関係ない支出になる」というようなものですから、例えば、出張や通勤も、およそ片道だけしか必要経費にならないという結論になりかねません。

※10 本件裁決は、賃貸借終了後の金銭の取り扱いや規定も判断の根拠にしています。また、本件でXは、実際の回収見込みはなくとも、ルールに則って賃料相当損害金を収入として計上していたようで、その点も事業継続性を判断する際にかなり考慮されているように思います。

※11 なお、昭和49年裁決は、当該利子は必要経費には該当しないが、取得費に該当すると述べており、家事費に該当するとも言っていません。つまり、原処分庁の結論の直接の根拠となる事例でもありません。

※12 もっとも、「立て替えた」という表現が正しいかは微妙です。なぜならば、「立替払い」という文言は、直接民法に規定がないからです。クレジットカード等の「立替払契約」は、一種の無名契約と考えられています。

※13 「建物収去業者が、Xではなく建物収去工事契約の相手方でないLに工事代金相当額を請求することができるか」はなかなか難しい問題です。最高裁が限定的に認めた転用物訴権として構成できる可能性はゼロではないでしょうが、学説の趨勢は転用物訴権に否定的です。

※14 このように、一つの給付を求めるにあたり複数の法的根拠が存在する場合を、講学上、「請求権競合」といい、司法試験や二回試験でも出題されたりします。弁護士の仕事は、「請求の法的根拠はなにか、根拠が複数ありうる場合はどの根拠を選択することがベターか」を検討するところから始まるためです。

※15 もし、無資力の判明時期が年度を跨いだようなケースだと、本気で同時両建を考える必要がありそうです。

※16 ただし、「不動産の返還を受けるまでが不動産の貸付業務の一連の業務というべき」という判示部分からすると、原則として必要経費性が肯定されるように思えます。

※17 例えば、Lが無資力とは判明しなかった場合や、Lとの交渉で原状回復費用をXが負担する和解が合意された場合などで、結論や理由がどのように変化しうるか、です。

以上